第十八話「侵入」
ケリー・モーガンは、放棄された世界救済機構の端末を使い、メインサーバーに侵入しようとしていた。
「おそらく、一度でも失敗すればロックダウンされるわね。本来なら、こんな危ない橋は渡りたくないけど、このままケルビンを放置したら、いずれ私たち全員、死ぬわけだし・・・」
「UNIXか、古いシステムだけど、これならなんとか・・・ほほいのほい」
システム侵入成功。
「世界救済機構ネットワークにようこそ。私は対話型人工知能ウォーデン。
ご用件を伺います」
「ウォーデンですって!?
そうか・・・ウォーデンは内部世界の存在ではなく、
世界救済機構の作ったものだったんだ。しかも古い型式の」
気は進まなかったが、ケリーは自作の攻性プログラムをアップロードした。
「システムへの攻撃を確認。遮断しまス・・起動しなければならない・・・遮断シマす・・・起動しなければならない・・・我々は・・・世界ヲ・・・」
「予想通り、このシステムは強制終了しようとすると、リブートしかできないようになっているけど、成功したようね。単純かつ残酷な方法だけど、そのぶん強力よ。これで人工知能が根負けするのを待つしかない」
本来なら、こうした命令は無視して、強制終了できるものである。
だが、ウォーデンはとある使命を帯びているため、自らの意思ではシステムを終了できない。それは、世界を救済するためのワクチンを維持し続ける、というものだった。
「そう、つまりこれをやると、私たちを救うための、抗真菌薬は全滅する」
しかし、もはやケルビンが世界を破壊する確率のほうが高く、いまさらゾンビ化について議論している余地も時間もなかったのである。
ついにシステムがオーバーフローを起こし、すべてのノードが停止し始めた。
「一つだけ生き残っているノードがあるわね。これがおそらく、ケルビンの本体が格納されている場所・・・ここに侵入すると、彼はすっ飛んでくるでしょうね。場所は・・・インナー・ディレクトリ・・・これって、パッカード本社ってこと?
なぜ世界救済機構のサーバが、パッカード社にあるの!?」
「それは我々の運営母体が、パッカード社だからだ」
「!!」
「君は知りすぎたな。だが、俺も鬼じゃない。そしてパッカード社のやってることに、好意的なわけでもない。だからこそ、ケルビンを使って、管理者たち、つまりインナー・ディレクトリを破壊するつもりなのだ」
「そんな・・・」
「ただ、このまま君が本社にハッキングを仕掛け続ければ、すべての人工知能体が、アウター・ディレクトリを殲滅しようと動き始めるだろう。それは我々全員にとって、喜ばしくない事態だ。早急にやめろと言いたいが、もはや手遅れだ・・・アウター・ディレクトリ全土に向けて、核弾頭の発射が確認された」
「なんてこと・・・私は世界を・・・」
「もう手遅れだが、一つだけ方法がある。それは軌道上の攻撃衛星インペイラーを使い、空中で核弾頭を爆発させることだ」
「でもそうすると・・・」
「そう、すべての機器は電磁パルスによって破壊される。そして、ワクチンは全滅するわけだ。人類はかりそめの平和を勝ち得るだろうが、いずれゾンビになって死ぬだろう。そう、すべては君のせいだ」
「・・・・・・」
「と言いたいが、これによって人工知能のコアも破壊されるからな。ケルビンはもちろんのこと、すべての人工知能体が機能停止し、それに支えられているインナー・ディレクトリは事実上壊滅するはず。君は世界を破壊し、そして救うことになったわけだ」
深く事の是非を考えている猶予はもはやなかった。
「インペイラーの起動コードは、【2024】だ。かつて旧文明が滅びた年と言われている。もっとも、その暦が何を基準にしているのか、我々は知る由もないがな」
ケリーは震える手で、コードを入力した。
「インペイラーの起動を確認。おかえりなさい、スターゲイザー」
人類最後の戦いが始まります。